Blog いんぱるぱぶれ

中性的であること

中性的であること

中性的であること

中性的であること中性的であること

世の中には男と女がいると、わきまえたのは4歳くらいのときだったか? そして男と女の中間みたいな人もいると意識したのは、5歳くらいだったと思う。テレビでピーターさんというタレントを見て、中間の人もいるんだなと、思ったのである。のちのちピーターさんは男であると知ったけれど。

それから男装の麗人なんていうことも知った。ショパンの恋人だったジョルジュ・サンドは、男性のエスコートなしで外出するために、男装をしたという。少女戦士ジャンヌ・ダルク、グレタ・ガルボ扮するクリスティーナ女王も男装をしていた。中性的ってカッコイイと思った。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

本棚の整理をしていて、レオノール・フィニというフランスの画家の本を見つけた。フィニも中性的な人だった。アルゼンチンから母に連れられてフランスへ渡り、父親が彼女を取り返しに来ても判らないように、男の子の格好で過ごしていたこともあったという。男親の束縛がないことが、フィニの奔放な性質を伸ばしたそうで、退学処分にも何度かあっているとか。

フィニが視線の可逆性を追求したところに、自分は惹かれている。絵画の長い歴史の中で男性画家の視点で女性像というイコノロジーが確立していったわけだけど、フィニはその逆にトライしたのだ。つまり女性の視点から男性を描く。とく女性の裸体像などは、ほとんど男性の視点から描かれてきたわけだけど、それを女性が描く男性の裸体像という立場から描いている。

フィニ画伯は少女の頃、眠れる美少年の姿を見て鮮烈な印象を覚えたので、その後、自分の作品にもその時の印象が残っていると語っている。そして画伯は男性に友情を感じるけれど、美しさは女性の方が圧倒的だとしている。

フィニの友人でもあったシュールレアリストの画家キャリントンは、白いスラックスをはいた自画像を描いている。当時は女性が公の場でズボンを履くのはご法度だったから、そんな制約に反旗を翻したのだ。今ではユニセックスなデザインの服があふれているんだから、先人たちの意識改革のおかげだ。

そのフィニ画伯が愛の絶頂シーンを描いた絵を見つけた。フィニ画伯の絵だと下で、のけぞってる人が骸骨みたいな顔に描いてあって、上にのしかかっている青白い人もベールをかけた幽霊みたいなので、やっぱり愛のクライマックスは、死に通ずるというのが芸術路線の王道。でも自分は単純に幸せな図を描くのが好きなのダ。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

関連記事一覧

  1. 微風
  2. 真夜中のカラス
  3. マーブリングブック
  4. しじま
  5. クリスマスおめでとう!
  6. 愛の部屋2

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

2021年4月
 1234
567891011
12131415161718
19202122232425
2627282930  

アーカイブ

コメント

最近の記事

  1. 闇を聴く

    2024.03.27

    闇を聴く
  2. 前世の修復

    2024.03.5

    前世の修復
  3. トルマリン湯

    2024.02.24

    トルマリン湯
  4. ハイゴ
  5. 愛と調和
Banner

歩き回る植物

PAGE TOP