Blog いんぱるぱぶれ

妖精殺し

妖精殺し

妖精殺し

トンボ 妖精殺し

初夏の頃、庭に面したフランス窓を、半分開けたままにしていたら、とつぜん異界の使者が飛び込んできた。レースのカーテンの間をどうやってくぐりぬけたのか? 長く透明な翅は音もなくゆらめいて、部屋の中を進む。まるで夢かまぼろしか・・・この光景をずっと眺めていられたら、どんなに素敵だろう・・・そう思った瞬間、一抹の恐怖が私を捉えた。おまえ、私の部屋の奥深く、どこまで飛んで行くつもりかと?

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

軽く触れたか触れないか? タリ、床に落ちた。わき腹が破れて、傷口から白いクリームような舌が出ている。ああ、もう駄目だ。なぜ外に逃がしてやらなかったのか? ほんの一瞬、心に差した闇が、妖精を殺してしまった。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

妖精・・・? 正体は大きなトンボだ。ほとんど空中に静止するかと思えるように、ゆっくり飛び行く翅の上に、団扇を当てたのだった。都会育ちの私にとって、部屋に飛び込んできた昆虫は不法侵入者。無法モノは殺すのが掟だ。けれども、大トンボのゆらめく翅を間近に見て、この世のものとも思われない美しさ、ああ、妖精ってこんな風に飛ぶんじゃないかという美しい驚き。それなのに殺してしまった・・・。

そのあと、長らく罪悪感に囚われて、神父様に告白した。神父様は若いころ、音楽家を目指していた方だったので、美について話してくださった。(神の御業である)美は計り知れず、ときに恐ろしく感じるものですよと。確かに、私は美に憧れていた年頃だった。諦めきれず、できるなら、あの大トンボに謝りたかった。鬱から抜け出しつつあった私は、少女と大人の中間地点にいた。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

もう、妖精殺しなんて忘れかけていた頃、白秋の詩の中に「青いとんぼ」という作品を見つけて驚いた。だってこう書いてあったのだ。『青いとんぼの飛びゆくは、魔法使いの手練れかな』と。そして最後に『青いとんぼをきりきりと、夏の雪駄で踏みつぶす』と。な~んだ、白秋先生もトンボ殺しだったのかぁ。

じつは自分も、殺しのいきさつを、画文に描こうと試みた。でもさっぱり上手くまとまらない。トンボの美しさ不思議さは、白秋先生の詠う通りであるけれど、アタシはトンボに腹を立てたりはしなかったよなぁ。妖しい美しさに魅了され、恐ろしさのあまり、その美を目の前から抹殺した後悔、あの美しい瞬間を熱愛したにもかかわらず、葬り去った無念。ゆえに懺悔懺悔の想いだったのだ。トンボからの「*許し」なんてないだろうし。こんな風に気持ちが宙ぶらりんだったから、画文は作品として、まとまるハズがなかったのだ。

*当時は人間界と、ほか三界(鉱物・植物・動物)の密接な交流について、今ほど関知していなかった。烏賊(イカ)が私を許した経緯があるので、当然トンボも・・・動物界の命たちは、人間みたいに何百年も怨念を持ったりしないのデシタ。詳しくは烏賊の目玉をご参照ください。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

さてさて、人生は移り変わり、鬱が過ぎて、家族の介護の日々が来た。何が何でも家人が帰天するその日まで、やりぬかなければならない。毎日が苦しかったので、人間力を強化して頂こうと、ご聖体を授かりに修道院の夕方ミサに通った。

夕暮れは、一日の疲れを癒す夜を待つ時間。ここでミサに与れるのは、心身の救いだった。院の前庭には1メートル半くらいの台座に乗った、大きな無原罪の聖母像があって、両手を広げて訪れる人々を、キリストに招いておられるようだった。ミサに与る前、必ずマリア像のところへ行って、しばし黙祷した。

その日も黙祷を終えて、マリア像を仰ぎ見た。おや?小さな赤トンボが、マリア様の心臓の辺りに止まっている。すでに薄暗い光の中、私はトンボを懐かしく眺めた。ありがとう。トンボに言った。ありがとう。少し目頭が熱くなって、妖精殺し、トンボ殺しの罪悪感と悲しみは、そのとき氷のように溶けて行った。

トンボの妖精

人の想念は石や植物、動物界に影響を及ぼしているという。そして彼らの存在も、人の心の傲慢について、警鐘を鳴らしているのではないか?

関連記事一覧

  1. 光と影
  2. Ma Mort
  3. 女装男装
  4. 3から6
  5. しじま
  6. 涙の谷2

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

2021年7月
 1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031  

アーカイブ

コメント

最近の記事

  1. 闇を聴く

    2024.03.27

    闇を聴く
  2. 前世の修復

    2024.03.5

    前世の修復
  3. トルマリン湯

    2024.02.24

    トルマリン湯
  4. ハイゴ
  5. 愛と調和
Banner

歩き回る植物

PAGE TOP