Blog いんぱるぱぶれ

まなこ

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まなこ まなこ

好きな人を見つめると、瞳孔が開きます。全てを見つくしておきたい!麗しい姿を、永遠に我がものとしたい! そんな目をしたこと、そんな目で見られたことも、人並みにあるんですが、私は見ること、まなこで苦労してきました。

視力2.0のよく見える目。と、思っていましたが、エネルギー的に見て行くと、どうも違うんです。エネルギー的、心理的と言い換えると、判りやすいでしょうか? 私は見ることに人一倍、興味があって「むさぼる目」をして、生きていました。目がむさぼる? 見たものを所有したい! そんな情念と共に見ることにのめり込んで、最初に失敗したのはバレエを鑑賞した5歳の時でした。

もちろん、絵を描くにあたって、見ることへの欲求とエネルギーは重要です。デッサンのスクーリングを受けたとき、先生から「もう、帰りにはモノが二重、三重、五重に見えるくらい、見る!」と、言われたものです。熟読ならぬ熟視ですが、これは情念で見るのとは違いました。あ、上手く描けた!の瞬間は、コントロールが効いたときです。人にはいろんな欲求がありますが、食べることが好きだからと言って、四六時中食べていたら、美味しく食べることはできませんね。お腹がすいたら食べるのが基本です。これと同じで、見ることも執拗に過ぎず、コントロールが大切でした。

さて、見ることは「まなこ」として、文学でも絵画でも、さまざまなモチーフになっています。キャラクターの目玉オヤジは有名ですが、水木しげる先生が、鬼太郎とは別枠で描いた「大目玉」という妖怪がいます。魔よけの六角陣があると、魔性のモノたちには、中にいる人物が見えないのですが、大目玉には見ることができる。見ることのお化けなんですが、面白い弱点がありました。

パステル調でルドンの目玉みたいだなぁ・・・お許しを

ロシアの怪奇譚「ヴイィ」は、死霊の恋(牡丹灯籠・西洋版)と、妖怪大目玉を合わせたようなお話です。若い修行僧が死霊退治のため、身を守る方陣の中に入って、聖堂で一夜を過ごすのですが、西洋版「大目玉」が出てきて、方陣を破られて憑り殺されてしまいます。この話が教えているのは、方陣を破られたとき、僧が恐怖を覚えなければ、死ななかったということです。若き僧は魔物に取り殺されたのではなく、自分の恐怖で死んでしまった。これが話のキモでした。意味深で、信心深いロシアらしいお話です。

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見なければ怖くない。恐怖と言うのはビジュアルなところがあります。見ることのお化け「大目玉」は「まぶたを持ち上げてくれい!見えんわい」と言って、傍にいる妖怪仲間にまぶたを持ち上げてもらわなければ、見ることができない。方陣を破られた修行僧は、襲い来るモノノケを見ても恐怖に負けなければ、絶命しない。見ることをコントロールして、恐怖を克服した先には、新しい地平線がある。今、コロナの恐怖に参っている人類には、大きなサジェスチョンのような気がします。

どうしたら恐怖を克服できるのか? 恐怖の大元にあるのは何なのか? それは外部のモノではなく自分ではないのか? 恐ろしい形相や地獄の業火に出会ったとしても、本当の自分・は消滅しない。ここを思い出すと、恐怖が途端にちっぽけになるんじゃないか? まなこで苦労するワタシが生きる現実世界の、背後に隠れている世界(じつは現実を支えている目に見えない世界)ここも見て行くと、恐怖って人類の教師であると解ってくる。これが今、自分が考えているところです。

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見つめ合う恋人たち

見つめ合う恋人たち・・・まなこの幸せな姿。

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