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切れ味

切れ味

切れ味

切れ味 切れ味

置き去りにしていたもの。今、これらと向き合っている。物質的、精神的、霊的な置き去りがあって、まずは物質的な置き去りから考えてみよう。

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家じゅうひっくり返して整理を始めたき、最初に取り掛かったのは台所だった。なんと言っても気になっていたのが、納戸にため込んだ梅酒、梅シロップだった。庭の梅で作ったもので、最古参は20年以上前からある梅酒。10年以上ほったらかしの梅シロップ、小瓶には洋梨のリキュールまで作ってあった。ああ食べ物さん、ごめんなさい。捨てるなんておのが罪です。入れてあったガラス瓶の数30越え。自分でも呆れながらきれいに洗って、リサイクルに出した。

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こんどは台所の引き出しに取り掛かると、黒いケースが出てきた。ネックレスでも入れられそうな立派なそれは、ヘンケルのペティナイフが入っていたのだ。どうしてナイフのケースなんか取ってあったのかといえば、超硬ステンレスなので、自分では研げないと思っていたから。購入時、切れ味がなまったら郵送でプロの研ぎ師に送るサービスがあったのだ。

本当に素晴らしい切れ味で、母もそのころ、台所に立っていたので、よく切れるから気を付けてねと言ったところ、スラリと一太刀入れた母は、一声ハ~ッと言ったまま、黙々と切っていたっけなぁ。

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ピカピカの赤い柄がついた美しいナイフは、まるで赤い唇の美女が、アタシは危険と、微笑んでいるようだった。美しさ、切れ味、すっかり惚れ込んで悦に入っていた。

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ほほえむ赤い唇

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買ったあと2年、全く研がずに使った。そろそろプロにお願いしようと思ったら、研ぎ師・郵送サービスは終わっていた。そのころから、母の介護と仕事が立て込んで、ナイフもケースも時の流れの中で、置き去りになってしまった。

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するとこの前、ポストにチラシの投げ込みがあった。プロの研ぎ屋さんが近所にオープンするとのことで、登山で使うナイフとか、専門的なものまで引き受けるとある。それじゃあ、そのうち相談に行こうと思っていたら、自分が動けなくなってしまった。

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怪我から三日目、立っていられるようになると、なんだかナイフのことが気になって仕方がない。そこでステンレス・ナイフのことを、ウェブで調べてみたら「超硬ステンレスは、シャープナーが使えませんから砥石で研ぎます」と出ていた。そっか、研ぎ屋さんだって砥石で研ぐんだ。そこですかさず、

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♪今日も朝から口笛吹いて~陽気なボクは鋏研ぎよ~♬ 砥石が回りゃ、心が弾む♪ いつもニコニコ♪幸せ者よ~♬ 

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という子供の頃に習った歌を思い出した。ドイツ民謡かと思ったら、イタリア民謡だった。余談ですが乗ったとたんに転んだわが美しき自転車はビアンキでした。

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というわけで、むらむらとナイフを研ぐべし!の思いが湧いた。よぉしリハビリだ~っと、砥石を取り出した。切れない刃物と音の悪いスピーカーは嫌いだと豪語していたかつての私、包丁研ぎに凝っていた時があったのだ。

砥石はしばらく水に漬けてから使い始めるので、お茶なぞ飲んで一休み。それから、さぁ始めるぞと研ぎにかかった。見れば相当、刃こぼれしている。普通の鋼なら2~3分も研げば事足りるけど、今回は手ごわい相手。結局10倍くらいの時間がかかると解った。さすがに立っていられなくなって、休み休みやったら1時間半くらいかかった。途中二度ほどお茶休憩をはさんで、3回お手洗いに行った。

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そしてナイフは甦った。な~んだ、時間をかけて研げば良かったのかぁ。人に頼るもんだと思っていたから、自分でやり遂げられたのが、妙に嬉しかったというより、肩透かしだったけど、この調子で怪我も乗り切ってみせると、自分を励ました。

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切れ味を取り戻したナイフでオレンジの芯を取る。まるでスプーンでプリンをすくうみたいにす~っと切れるこの快感! 調子がついてシャープナーで研いでいたステンレス・ナイフも研いでみる。こちらは超硬ステンレスではなかったので、ヘンケルより、はるかに短い時間で済んだ。

ナイフが赤い唇に見えたかつての自分。今の私にはちょっと滑稽に思える。置き去りにしたんじゃないな。もうこだわる必要がなくなったんだ。そんなこともあったなぁと後ろに流して、前に向かって進んで行くぞ!

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切れ味

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