イユーイ
イユーイ
イユーイとはИюньで、ロシア語で6月のことです。家の前をボルゾイが散歩で通ることがありました。詩人のコクトーがバレリーナのようと形容したとおり、腰高の長細い足で弾むように歩いていく姿が優雅でした。美しい生き物だなぁと憧れていましたが、ある日、あのボルゾイの名前はイユーイだと、祖母が聞きこんできました。イユーイはヒマワリの種しか食べないそうで、ボルゾイはそんな風に個性が強いので、飼うのが難しいとのことでした。イユーイは名前のとおり、6月生まれでした。ボルゾイ犬たちは、あの長い足で走って、オオカミを追い詰める猟犬として飼われてきたというから驚きです。
こうしてロシア語で6月はイユーイだと、知ったのですが、祖母がイユーイを6月と知っていたのは、チャイコフスキーゆえでした。ピアノ曲に「四季」というのがあって、6月はバルカローレ(舟歌)で、ゆったりとオールをこぐようなリズムで始まるノスタルジックな曲を、若いころピアノで練習していたからでした。祖母は日本橋の本籍が自慢の江戸っ子でしたが、幼年期を函館という港町で過ごしたこともあって、ロシア掛りのものは身近だったようです。20世紀初頭の函館には、ダンスケザワというロシアの行商人が集まっているところがあったそうで、祖母の家にも、よく行商の人がきていたそうです。スンドゥークと呼ばれる箱(童話の挿絵などで見かける海賊の宝箱に使われているような蓋を上に持ち上げる形式の木箱)やサモワールという湯沸かしなどが、幼い祖母と兄弟たちの写真の背景に写っています。
新しい動画を作ろうと、BGMを考えていて、私はイユーイのことを思い出しました。ピアノはウラジミール・アシュケナージさんのが好きでした。80年代、バブリーな日本にアシュケナージさんは初来日を果たしています。カメラマンをしていた叔父が、アシュケナージさんの撮影に行った話を聞いたことがあります。コンサートホールでのこと、二階席から正面を狙っての撮影でした。消音のカメラを使っても、どうしてもカシャッと音が出ます。その瞬間、アシュケナージさんがギロリと、カメラの方を見たそうで「おっカメラ目線!」と、すかさずシャッターを切るべきところ、鋭い眼光に射抜かれて、思わず手が止まってしまったと、叔父は残念がっていました。
その叔父も4年前に亡くなり、アシュケナージさんも、今年の1月に引退のニュースが届きました。時は流れていきますね。

イユーイと聞くと、やっぱり雨になっちゃうよなぁ・・・6月の日本は梅雨だから。ピアノ曲からするとロシアは川遊びの季節なんでしょうか。というわけで、一曲どうぞ。
Tchaikovsky: The Seasons, Op. 37a, TH 135 – 6. June: Barcarolle: Vladimir Ashkenazy
Russian Piano Encores ℗ 1999 Decca Music Group Limited Released on:1964-01-01
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