手櫛
手櫛
長い髪をくしけずるとき、女性なら誰でも、ちょっと誇らしい気持ちになるでしょう。晶子先生(与謝野夫人)ならずとも。髪は大切な授かりものです。
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洗礼者ヨハネは髪を決して切らなかったそうですが、それは髪を神に捧げていたからでした。日本語ではヘアもゴッドも「かみ」。大切なものは「上」を意味する「かみ」と呼ぶのが言霊の活けるところだと、以前、春水先生から伺いました。
櫛と言えばツゲが有名です。逆さに言うとゲツ=月と同音です。月と人間のかかわりは、言霊的にも深いのですね。むかし武士の奥さんたちは、柘植櫛をとても大切にしたそうです。髪を梳かすだけでなく、腫物ができたときなど、櫛の歯を軽く当てて、早くオデキが破れるように刺激を与えたり、指先で櫛をはじくとポロポロンと可愛らしい音が出たりするのを楽しんだり…こちらも春水先生のお話ですが、武士の奥さんたちが、日常のお道具に親しみと愛情を持っていたことが判ります。
ツゲは印材として使われるほど丈夫ですし、時と共に琥珀色に変化する色艶が美しいものです。木は切られて加工されても生き続けて、命が宿っている稀有な素材だと言えます。木のそばに行って、耳を幹に近づけると、中でポンポンと音がしませんか? と春水先生に言われて、えっそうなのかなと、家に帰って玄関先の沙羅の木に耳を当ててみましたが、よく解りませんでした。ところが先日、神社のイチョウに寄りかかってみたところ、幹の中で水分が上昇していくような感じが背中に伝わって、あっと驚いて上を見上げたら、黄緑で丸い鳥のお腹が見えました。薄い水色をした冬の空を背景に、枯れ枝の黒い曲線と、やわらかい色合いで一層まろやかなお腹のコントラストが面白くて、しばし眺めていましたが、鳥はずっと動かずに枝に止まっていました。野生化したインコかな? インコにしては大きめな気がしてオウムかなぁと、しばし観察していたのですが、幹に寄りかかっている私の真上なので、頭が見えずにひたすらお腹だったので、はっきりしませんでしたが、ああ、もうすぐ春だなぁと、のどかに思いました。以前からこの辺りでは、野生化したインコのファミリーがよく見られました。みんな尾羽が発達して、とてもきれいなので、子供のころ友達と一緒に、ミドリトリと呼んで特別扱いをしていました。大きな木にはお導きがあると言いますか、寄りかかると、いいことあるなぁの、ひと時でした。
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金色の髪というのは、そばで見るとやはり美しいものでした。ハチミツが流れているようだなぁと、心の中で思いました。象徴派の取材で、ベルギーに行ったとき、金髪で青い目の人にばかり出会いました。彫刻家の男性のお宅で、お話を伺う機会がありましたが、モデルを長年しているという女性は、黒髪でアーモンド・アイのオリエンタル・ビューティーな方でした。金髪ばかりだと逆に黒髪が美しいと思われるようで、自分と違うものって、美しく見えるんだなぁと、価値観を広げました。その違いが、嫌悪に繋がらないところが美しきかなデシタ。
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手櫛という言葉を意思気したのは、髪を何で梳かしていますかと、母のことでケアマネージャーさんに聞かれた時でした。当時、私が母のヘアカットをしていました。母は髪の手入れが簡単になるように、短くしてといつも言うので、ベリーショートにしていました。母はとても髪が多くて、生え際のクセが強いため、にわか美容師の私でも、なんだかカッコよくカットできてしまうお得な女性でした。そのせいか、母はブラシも櫛も手元においていませんでした。それを聞いたケアマネージャーの女性がすかさず、手櫛ですね、手櫛で…と髪をとかすジェスチャーをつけて、おっしゃったのが、何だかこちらを庇うようだったので、印象に残ったのでした。
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手櫛を使う。短い髪なら自分の指先でちょいちょいと、という感じですが、長い髪となれば、ニュアンスが変わります。丹念にブラッシングしてから、仕上げに櫛を入れると、長い髪は見事にサラサラになります。指どおり滑らかな髪の感触を手櫛で確かめると、その感触たるや、なかなかです。そうです、男性の大きな手を、女性の長い髪の中に入れてすーっと梳かすと、指先にも髪にも電気が走ります。びりっとしびれちゃって、シャンソンにもありますね。♬誰でもいつかはそんなことをしたの~誰でも若くてきれいな時にはね~♬
りんごと桜の歌:イベット・ジローさんの歌唱が有名な歌
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