愛で癒す
愛で癒す
「愛の部屋」に描いた絵を動画にまとめました。そうして考えていました。愛に傷ついたら、愛で癒す。これが人の辿る道なのだと。
「愛の部屋」で描きたかったのは、相思相愛こそ平和の基。素直に愛をかわす恋人たちを通して、自分なりに愛に傷ついた人の癒し、さらに描くことで自分も癒すことでした。
というのも、今までの人生の中で、私は愛に傷ついた人の話を聞きました。それも何人もの人から、何度も聞く機会がありました。とても個人的なことなので、誰にも言わずにいたことをふと口に出して、少しだけ重荷をおろしたようになる。そんな人たちの傍らで、私は黙って話しを聞きました。そうして、思い至ったのは、愛に傷ついたら、その傷を癒すのはやはり愛だということ。
ポール・エリュアールというフランスの詩人が、愛妻に先立たれたのち、生きながら埋葬されたような日々を過ごし、それを救ったのが男女の若い友人たち、そして再び愛にめぐりあい、愛することで心にうるおいを取り戻し、そして彼の詩の源泉もゆたかにあふれ出す。その軌跡をつづった文字通り「愛」という詩集を読んだとき「愛の部屋」の霊感を受けていました。
シュールレアリスムの薫陶をうけた人なので、難解ですが、あんまり判りやすいってのも、面白くないという気もするので、歯ごたえのある作品でした。人は愛に傷つき、愛に惑い、そして愛で癒される。愛を失った男が、若い男女の友人から癒される。そこに若い男性の存在もあったところが、なかなかミソです。人の中には二面性があるから、同性からの愛も受け入れて、失った空白をより密に満たすことができる。実人生の体験を背景にして作品に触れるなら、読者側の人生にも、作品の癒しが投影されて癒される。そこが芸術だったんですね。
傷ついた人の話を何度も聞いていたら、自分もどーんと思いものを背負ってしまったので、想念というのは本当にリアルなものです。波動療法のおかげをもって、今では人に同調しすぎないでいられるので、以前ほど、どーんがなくなりました。うまくかわせるようになったようです。これこそ大いなる癒しでした。
同調しすぎないこと、とても大事です。
若い時はそれが中々できない。
そうですよね。
20代の頃ってなんにでも熱狂しちゃう情熱と受難のpassion世代。
でもその後、情熱がなくなるわけじゃないんですよね。
今は狙いを定めてpassion!って感じ。