ひよこ天使が来た
ひよこ天使が来た
彼は卵の料理人。したり顔で考えているのは、彼女の持っている卵を料理すること。そこで時間が止まったまま、4半世紀が経った。
3年経ったら夢を見よう、なんて流行り歌があったけど、ファン・アートで絵を描くリハビリを進めること3年目。そろそろ止まった時間を取り戻せるかなぁ。と、思っていたら先日、ひよこ天使が来た。
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時は夕暮れ、フレンチ・カフェの2階は灯の消えたパーティー会場の一角、ひとり椅子に腰かけて、シェフに作ってもらった一皿を食べる。ああ、そうだ、作ってもらった料理を食べるのは、ずいぶん久しぶり。なんだか子供の頃にもどったよう。なんの恐れも疑いもなく、食卓に並んだ料理を食べていた。そんな日があったのだなぁ。夕闇迫る中、通りがかったシニア・パティシエに「おやおや、こんな暗い中で」と、驚かれながら、スプーンで料理を口に運んでいた。
と、その時、ひよこ天使がやってきたのだ。彼女は彼(卵の料理人)との話の顛末を知らせに来て、あ、そうか…そうだったのかと、私が思っているうちに消えてしまった。ははぁ、そうか。この半年、飲食業に従事していたのは、この瞬間のためだったか・・・フレンチ・カフェの灯の消えた2階、薄闇の中、食べ終わりの皿をスプーンでカシュカシュ、それからパンできれいに拭いて、日常からちょっと逸脱した時間を過ごした。
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人が料理を食べるとき、作った人の愛情も一緒に頂くのでエネルギーアップにつながるんですよと、春水先生から伺った・・・そう、この2週間ほど、食べることについて考えていた。食べなきゃ!という欲求は、すでにオブセッションなんじゃないか? そんな理屈に走りそうになっていたけど、ブレーキ! 理屈じゃない。私が生きるべきなのは、もっと活き活きした日常、愛の世界だ。
今やフルタリアンになった私は、果物の種やヘタを取る以外、あまり包丁を握らなくなった。だけど思い出したよ。料理を作るって、愛の表現のひとつだったんだと。作るのも食べるのも大好きだった。以前のように作らなくなったし、食べなくなったけど、愛を忘れたわけじゃない。シェフとひよこ天使の顛末を知らされたんだから、始めなければ。
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