Blog いんぱるぱぶれ

鬱を越えて

海の近く

鬱を越えて

海の近く 鬱を越えて

「海の近く」というクノップフのパロディのつもりで、途中まで描いて、何だか上手くいかなくて、しばらくほったらかしにしていました。細かいディテールを後で描きこもうと、下地の色を明るめに描いて、上から暗めのトーンを重ねていくつもりだったのですが、明るいトーンのままが今の自分にフィットしているので、あまり原画に倣わずに仕上げました。

海の近く
海の近く

クノップフ先生の絵は、扉の向こうにさざ波が迫って、女性の後ろにエーテルの輪が浮かんでいて、引きこむように異界の風が吹いているのと、扉の向こうの海風が共振しています。当時、エーテルの輪を画面に描きこむのは、斬新な手法だったのでしょうね。

caress-long
愛撫

象徴派に憧れていたころは、まさに鬱絶頂でした。「愛撫」を見てガーンときた時、17歳だったので、クノップフ先生のおすましなエロチシズムに興味を持ちました。パロディで久しぶりにこの絵と向き合った時、正直驚きました。クノップフ先生、こんなにブルーでエロかったかなぁと? もちろん今もエロチシズムと思索的な作風には興味があって、こんな風に描きたいと思うところはあるのですが、自分の心根が明るくなったので、以前と印象が変わったのです。

Bilain Guilainで、自分を振り返る機会を持って、鬱の原因をもう一度よく考えました。絵を通してサジェスチョンを受けるのは自然の流れ。好きなことが間口になる、好きなところから入る、これはやはり一番有効です。好きなことばかりしていてはいけないという考え方もあって、かつては厳しく自分に嫌いなことばかり強いていましたが、それは鬱だったからでした。好きなことに素直になれなかったのは、嫌いなものに囲まれている自分をごまかすために、嫌いなものを好きだと思い込もうと、自分に嘘をついていたからです。

感じている事と、現実の乖離が鬱の入り口です。これが進むと統合失調症に発展します。その手前で正直な自分に戻ってこれたのは幸いでした。これは仙骨の調整で自分自身に戻ること、それが自己本位ではなく、宇宙の真理と連動するプロセスだと教えて頂いたからです。

今日は左の肋骨と肩甲骨に痛みが出ているので、エネルギー体がクリーンになるように、観察を続けます。

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コメント

    • 松本 涼
    • 2020年 5月 09日 12:25pm

    感じていることと現実の乖離。そこが鍵になっていることに長く気づけませんでした。
    そしてそこに至るプロセスの角や節目には不思議と誰かが立って先を示してくれたように思います。
    ぼくの場合、そういったことに気づくのはたいがいずっと後になってからなのですが、
    気がつけるとより幸せになれる気がします。
    モニカさんが良いガイドと巡り合われたことを心から祝福します。

  1. ありがとうございます。
    このところ、やっと、
    ぱっと感じたままに動いてみる。
    これができるようになりました。
    長らくかかりました。
    お導きや気付きの積み重ねで、進んでいけるんですね。

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