人のように、人形のように
人のように、人形のように
子供のころ、道化師はきっと何か不思議な存在だと思っていた。長じて道化師の歴史に関する本など読んで、常識から外れることが笑いを生み、それが展開して魔術的な世界に至ると知る。笑い者、哀れな者、異形の者は異界からの使者である。ニジンスキー 神の道化では、愛を表現しているのでなければ神の道化ではありませんと語られていて、じーんとした。
私は愛、私は神、私は神のニジンスキーと綴ったヴァスラフさまその人も、ペトリューシュカという道化人形の役を得て、迫真の踊りを見せたのち、ついに異界の住人となった。
人形も魔術的な存在だ。昔は子供の死亡率が高ったから、厄除けとして初節句に人形を贈るのが習わしとなった。桃代ちゃんを見ていると、異界と背中合わせの人形の役目が伝わってくる。今どきの人形と何かが違っているのは、愛玩物を超えて子供の命の盾である身代わりに託された静かな凄みがあるからだろう。
桃代ちゃんは人形の人間らしさ。ペトリューシュカは人が人形振りをやる人形らしさ。このふたつ、陰陽(おんみょう)の法則ではなかろうか。
ペトリューシュカの舞台は、春を待つ謝肉祭の縁日だ。謝肉って何の事だろうと思っていたら、キリストの復活を祝うイースター前の40日間は、四旬節(しじゅんせつ)と呼ばれるみそぎの期間、その間は肉食を絶って粗衣粗食を旨としてキリストの受難に想いを致す。なのでその前に、日ごろ食べてるお肉に感謝しましょうというわけで、謝肉なのだった。
シューマンのピアノ小曲集に「謝肉祭」があって、それをヴァスラフさまはラヴェルに頼んで、管弦楽に編曲してもらったとか。ハーバート・ロスの映画「ニジンスキー」でG・デラペーニャ演じるニジンスキーがアルルカンに扮して「謝肉祭」の16番目の曲ドイツ風ワルツの中間部『パガニーニ』で踊っているシーンがちょこっとあった。ホントにチョコっと。
さて、縁日には香具師(やし)が自慢の出し物を携えてやってくる。ペトリューシュカのパペット小屋もそういう出し物のひとつ。魔法で人形を操る親方は、中世にシャルラタンと呼ばれたガマの油売りみたいな山師がルーツだそう。魔法使いなんてそんなもんサ? でもサ、素敵な魔法ならちょっとだまされたっていいじゃない?
ほらほら魔法で人形たちが踊り出す
道化の恋はいつも片思い。こん棒で相方を殴るのも中世の喜劇コンメディア・デッラルテ以来、お決まりの役どころ。なんで棒で殴るのよ? 棒が何の象徴かなんて言わずもがな。この手の狼藉の陰には死神や狂気が隠れている。それがおどけ者たちの哀しい運命(さだめ)。ペトリューシュカに憑依したヴァスラフさまは、わが身の不幸と重なって心の闇をのぞき込むことになったわけでありますが・・・つづく
動画出展:ボリショイ・バレエ:火の鳥の帰還DVDより「ペトリューシュカ・ロシアの踊り」
音楽:イゴール・ストラビンスキー 振付:ミハイル・フォーキン
舞台美術と衣装デザイン:アレクサンドル・ベノワのオリジナルスケッチを基に復元
撮影監督:マリア・ソロヴィオワ ボグダン・ヴェジビツキー ボリス・ミハイロフ
ペトルーシュカ:アンドリス・リエパ バレリーナ:タチアナ・ベレツカヤ
ムーア人:ジェナンディ・タランダ マジシャン:セルゲイ・ペトゥホフ




















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